「酒は辛口に限る」「辛口の酒ない?」などなど、よく耳にする言葉です。
また、それらの言葉に対してカウンターのように、「辛口ばかりいい加減にしてくれ」や「辛口、辛口言っているやつは通ぶっているだけだ」といった言葉も耳にします。
今回はそんな「辛口」に対して、少し考えてみたいと思います。
なぜ、人は「辛口」というのか?
筆者の昔からの友人にも「辛口が好き」と言っていた人もいます。が、「なぜ?」と質問してみると困惑するケースが多いです。その困惑している方に更に聞いてみると、「なんとなく」という答えが返ってきます。
つまり、「なんとなく」「日本酒」は「辛口」が「いい」というイメージが働いているということになります。
今回は、その「なんとなく」「辛口」が「いい」について考えてみたいと思います。
実は「辛口」については、一度書いていますので、中身を余りかぶらせないように書いていきたいと思います。(詳しくはコチラ「あなたは辛口好き? アミノ酸度・日本酒度・酸度」辛口の味わいについて主にして書いています)
では、なぜ「なんとなく」「辛口」なのか。実は色々考えてみるとその理由が分かってきます。
三増酒
辛口について考える際に外せないのが、三倍増醸清酒、略して、三増酒のことです。「三増酒」とは戦後(1945年以降)の物資難を背景に生まれたお酒で、米と米麹によって造られた醪(もろみ)に同濃度にまで水で薄めた醸造アルコール(焼酎甲類)を入れます。すると、同程度のアルコール度数の日本酒が生まれる訳ですが、当然のように味が薄くなります。そのため、そこに糖類(ブドウ糖、水あめ)、酸味料(乳酸やコハク酸など)、グルタミン酸(うまみ成分)などを添加して味を調えていました。ようは、日本酒を水で薄めて、焼酎や砂糖などを加えて造っていたわけです。このお酒は、元の醪(もろみ)の約三倍まで量を増やして酒を造ることができたため、三倍増醸清酒と呼ばれていた訳です。
残念ながら、筆者は飲んだことがないのですが、糖類などが直接入れられていたため、ベタベタした甘口の酒だったと言われています。
ちなみに、この三倍増醸清酒が酒税法的に禁止されるようになったのは、意外に近く2006年の頃でした。
そして、この「三増酒」、簡単に言えば美味しくなかったらしいのです。ゆえに、悪い酒の代名詞のような扱いを受けていました。
ここまでで考えてみると「三増酒」はベタベタに甘く美味しくないお酒。つまり、少々極端ですが、「三増酒」=甘い酒(甘口)=悪い酒といったイメージの図式が成り立ちます。甘口=悪というイメージの図式が成り立つわけですが、これだけでは、まだ、「辛口」がいい酒というイメージは成り立ちません。次に重要になってくるのは、昭和のバブル期に起きた地酒ブームが大きく関係しています。
地酒ブーム
1973年に起きたオイルショック以降、高度経済成長期から低成長の時代に日本の経済は突入していきました。実際、それ以前の高度経済成長期の頃は、とにかく量を飲むといった機運だったらしいのです。ゆえに、三増酒もよく売れたのでしょう。
しかし、低成長の中で日本の人々は徐々に本物志向になっていきます。新幹線や高速道路の発達によって、地方と都会の距離は近くなりました。各地方の魅力を新たに発見していく流れが生まれたのでした。そんな流れもあり起きたのが、「地方」の特色を活かした「酒」の存在、「地酒ブーム」でした。
石川県の「天狗舞」、長野県の「真澄」、宮城県の「浦霞」等、様々な地酒にスポットライトが当たりました。が、当時、最も人気が出たのが、新潟県を中心とする「久保田」や「八海山」、「越乃寒梅」などを中心とした、いわゆる越後杜氏が造る淡麗辛口の日本酒だったのです。
ではなぜ当時、淡麗辛口のお酒に人気が集まったのかですが、主に考えられる理由は二つあります。一つは、三増酒が甘口であったため、その対立軸として辛口の日本酒が流行したということ。もう一つは、1987年に発売されて流行した辛口のビール。アサヒスーパードライの存在が考えられます。ビールの辛口という概念が広まったのも、このアサヒスーパードライが最初でした。良くも悪くも、新潟流の淡麗辛口はスーパードライのブームも相俟って、当時の日本の中で急激にその地位を確立させていったのです。
酒は辛口がいいという概念が、このあたりで生まれたと筆者は考えます。
総評すれば、甘口=悪い酒というイメージが生まれた上で、辛口=いい酒というイメージが足されることで、「なんとなく」「辛口」という概念が生まれたのだと思っています。
現在では、「通は甘口」といった言葉も見かけますが、基本的には辛口も甘口も美味しいお酒は美味しいものです。簡単に言ってしまえば、美味しい辛口・美味しくない辛口、美味しい甘口・美味しくない甘口でしかないのです。
実際問題、一口に辛口と言っても、「芳醇辛口」「淡麗辛口」など、様々な種類の辛口の日本酒が存在しています。もっといえば、香りの成分などによっても感じる味わいには違いが出ます。
皆様も「なんとなく」「辛口」ではなく、「様々な味のお酒」を楽しんでみてはいかがでしょうか。
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