熊本県は球磨郡あさぎり町に居を構える高田酒造場さんに伺ってまいりました。

高田酒造場さんは、球磨焼酎(米焼酎)をメインで造られている酒蔵さんです。

(ちなみに、球磨焼酎とは、国産の米を原料として、熊本県の人吉球磨の水で仕込んだ醪(もろみ)を人吉球磨の場所で単式蒸留器(いわゆる乙類焼酎、本格焼酎とも)を使って蒸留し、瓶詰めした焼酎を指すことばです。簡単に説明すれば、熊本県の人吉球磨という場所周辺で造られている米焼酎ということになります)

今回はそんな高田酒造場さんの高田恭奈さんに色々なお話を聞いてまいりました。

花酵母の球磨焼酎

「【14の酒蔵に聞く】最もハイボールが美味しい米焼酎(球磨焼酎)の銘柄はどれ?」でも紹介させていただいた、「あさぎりの花」はこの高田酒造場さんが造っている焼酎です。

「あさぎりの花」の最大の特徴を言えば、「ナデシコ酵母」で造られている点でしょう。

「ナデシコ酵母」とは、いわゆる「花酵母」といわれる酵母の一種です。通常、日本酒を造る際は清酒醪(もろみ)から分離された菌株から培養した清酒酵母を使用するのですが(9号酵母、7号酵母、6号酵母などが有名)、「花酵母」とは花の中から分離された酵母のことを指します。「あさぎりの花」にはこの「ナデシコ酵母」が使用されているのです。「ナデシコ酵母」とはいわゆる9号酵母系の吟醸香(カプロン酸エチルとも)が生まれる酵母で、非常に香り高く、いわゆるリンゴや洋ナシのような香りがするとも言われています。

とはいえ、「あさぎりの花」は日本酒ではなく、球磨焼酎(米焼酎)です。ここで簡単に、球磨焼酎の造り方を確認したいと思います。

実は、醪(もろみ)を造る段階まで、球磨焼酎(米焼酎)と日本酒の違いはほとんどありません。この「醪」を搾ることで清酒(日本酒)が生まれます(詳しくはコチラ)。ちなみに、この「醪」の段階はどぶろくとも呼べます。

球磨焼酎(米焼酎)はこの醪(もろみ)を直接、蒸留器に入れ蒸留させます。蒸留させる際のアルコールには、原料の匂いがしっかりと残ります。そのため、芋焼酎には芋の、麦焼酎には麦の、黒糖焼酎には黒糖の香りが残るのだと言われています。つまり、「あさぎりの花」には、ほぼしぼる直前だった日本酒の醪(もろみ)の吟醸の香りが残るわけです。

飲んでいただければわかりますが、「あさぎりの花」は香りだけでいえばほぼ吟醸香の強い日本酒と同じです。味わいでも、「この日本酒強いわね(度数が)」と間違われるほどなんだそう。

「よく冷やして炭酸割のハイボールも美味しいですけど、この子(あさぎりの花)結構万能なんですよ。たまたま、焼き鳥屋さんに行ったときに、満席で外の席しか入れない時があったんです。その時は、冬で寒すぎたんで、「あさぎりの花」をお湯割りにして飲んでみたら意外と美味しかったんですよ。甘みも増しますし」

考えてみれば、そもそも、吟醸酒のような味と香りの「あさぎりの花」なので、お湯割りにすれば吟醸酒のような日本酒の燗酒となるわけです。

他にも、発売したての「さくら酵母」の焼酎もあり、試飲させていただいたが、香りは一歩「あさぎりの花」に及ばないものの、非常に膨らみのある味わいで非常に美味しい焼酎でした。

「私は農大出身なんですけど(東京農業大学のこと、大学の中では醸造科があるため酒造関係者の出身者多数)、研究室の中田先生(中田久保先生 花酵母の生みの親とも)にずっとお願いしてたんです。「さくら酵母で焼酎造りたいから分けてください」って、でも「さくら酵母は焼酎とはあわないからダメ」ってずっと言われてたんです。それでもずっとお願いしてたら、「もうわかった。来福(来福酒造 花酵母をメインで扱っている酒蔵)からもらえ」って言ってくれたんです。で、造ってみたら、とても美味しくて「合わない」って話は何だったんだー(笑)ってなったんですけど、去年亡くなられてしまったんで、結局、飲んでもらえなかったんですよ。それだけが、心残りですね」

美味しい酒に歴史あり。

まだ少量生産ですので、あまり見かけることはありませんが、みかけたら是非買ってみてください。とても美味しいお酒です。

JINが好き

実は、高田酒造場さんは、現在の球磨焼酎を造っている酒蔵の中では唯一ジンを造っている酒蔵なのです。現在では、泡盛のメーカーや他の焼酎メーカーなど様々な酒蔵がクラフトジンを造っております。

「元々、私が大学生だった頃って、東京で球磨焼酎が置いてある店って凄く少なくて、あっても高級店ばっかりで学生が入れるような店はなかったんです。でも飲みに行ったりはするじゃないですか。当時は、芋焼酎とか麦焼酎とかも全然飲めなくて、ビールもそんなに好きじゃなかったんで、ジントニックばっかり飲んでたんです。

そんな中で、同じ研究室に仲のいい友達がいて、その娘がBARとかでお酒にこだわる娘だったんです。その娘にいろんなBARとかに連れていってもらって、その娘はウイスキーとかを飲んでたんですけど、私はジンばっかり飲んでて、ちょうどその頃、シップスミスとかのクラフトジンが入ってきて広まり始めたころだったんですよ。それが、クラフトジンとの出会いでしたね。部屋には、タンカレーとかボンベイとかをずっと置いてたんです。友達にはそれが異常だって言われてたんですけどね(笑)

ジンは美味しいなって思ってたんです。今は造ってもいるんで言えますけど、当時部屋にはうちの焼酎とかも置いてたんですけど、ほとんどジントニックばっかり飲んでましたね(笑)そういうのもあって、いつか造りたいなってずっと思ってたんです。出来るのかなっていう疑問はありました。スピリッツの免許も持ってなかったですしね。それに、私が農大出て帰ってきた時って、うちはリキュールすら造ってなくて、当時は球磨焼酎だけ造っていた頃なんです。それでも、父からは帰ってきたらリキュールの免許とっていいよとは言われてたんですよ(お酒造りは種類を問わずほぼ免許制)。

それで免許はとったんですけど、父に「ジンやりたいんだけど」ってずっと言ってて、「でもうちの設備じゃできないだろ」て返されて、七年くらい前にたまたまシップスミスの工場に行けて、見学できてたんですね。全然うちでも造れる。ってなったんです。父からOKもらって、スピリッツの免許は少し時間がかかったんですけど、日本にクラフトジンのブームがきはじめてたんで、とれたんです。

その時、BARに連れて行ってくれてた友達の娘も、アルコールが好き過ぎて沖縄の泡盛の会社に就職していたんですけど、先生からのメールとかで近況を聞いてたら、「あれ?」ってなったんです。それで電話したんです。

「もしかしてもしかすると造ってます?」

「もしかしてもしかするとお前も造ってますか?」

「いつ発売ですか?」

みたいな感じで、ほぼ同時期に造り始めてたんですよ(笑)」

さすが、東京農大といった感想ですが、更にお話を聞いていくと、更なるエピソードが。

「スピリッツの免許を取る時に、仕込み配合とかを書かないといけないんですけど、試験蒸留もできてないのに、仕込み配合もなにもないだろうってなって。それで、一個上の先輩が岐阜でジンの蒸留所立ち上げてたんで、「先輩、助けてください」って泣きついて仕込み配合を見せてもらったんです。そしたらその方も「いや、ちょうど連絡しようと思ってたんだよ」って言われて、何かなと思ったら、ちょうどうちの焼酎が欲しかったらしくて、だから今うちの焼酎でジン造ってくれてるんですよ。

父も免許はとったものの本当に造れるのか心配だったみたいで、最初は佐多宗二商店さん(不二才等の芋焼酎で有名な酒蔵)の設備見学したんですけど、佐多さんの設備が凄すぎて、「やっぱりうちでは無理だろ」ってなったんで、岐阜のその先輩の蒸留所見せて、ほら1人でも造ってるんだよって。説明したんですよ。それで納得してくれたんです。本当、その先輩には助けて頂きましたね」

東京農大って凄い。と思うエピソードですが、考えてみますと、クラフトジンが日本に広がり始めていた時代に、学生時代を過ごしていた人々が日本のクラフトジンブームの一翼を担っているわけですから、縁というか時代というか学生時代の経験もばかにできないなと思います(少々特殊ですが)。

花酵母のジン

一口にジンといっても、どうやって造っているのかを知らない方も多いのではないでしょうか。かくいう筆者もほとんど知りませんでした。

ですので、簡単に説明すると、出来上がった焼酎にジェニパーベリー(ねづの実)などの様々なものを加えて、再蒸留したものがジンになるのだそう。

「海外産のジンっていうのは、原料のお酒自体はだいたい外部から買ってから蒸留しているんです。ほとんどの場合は日本でいうところの甲類焼酎を使って造っているんですけど、日本のクラフトジンの場合は、焼酎や泡盛のメーカーさんが造っているパターンがほとんどなんで、原料のお酒がいろいろと違う分(ほぼ乙類から造られている)、個性は出やすいのかなと思っています」

ちなみに、高田酒造場さんの「JIN JIN GIN」は、上でも紹介した「あさぎりの花」をメインにして再蒸留しているそう。ナデシコ酵母のジンというわけです。

他にも、前に説明したさくら酵母の焼酎を再蒸留して造ったジンも最近発売させたそう。

「本当にジンは足かけ10年くらいかかったんです。もう少し免許早くくれてたら一番広がり始めの時期に出せたんですけどね」

「流行り始めたら造った」ではなく、「好きだったから」「造りたかったら」造った。「自分の蔵の焼酎をベースにして、ジントニックにして美味しいジンを造りたかった」とのお話でした。

酒蔵さんも商売です。「人気が出て売れるお酒を造る」というのも、もちろん1つの価値観としては正しいかもしれません。しかし、個人的には「好きだから造る」という方が好感を持ててしまいますね。

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